「成功した起業家も、最初のアイデアで成功したとは限らない。失敗の末、到達した場所で成功したんだ」
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/1503/04/news012.html
ロボット掃除機の先駆けであり、今やその代名詞にもなっている米iRobotの「Roomba」(ルンバ)。そして2011年の福島第一原発事故の際、がれきが散乱する原子炉建屋から貴重な情報をもらした「PackBot」(パックボット)もiRobotのロボットだった。まったく異なる2つのロボットを作り出したiRobotとは、一体どのような企業なのか。今回はその軌跡を辿りつつ、ルンバの兄弟たちを紹介しよう。
iRobotが設立されたのは1990年。当時、マサチューセッツ工科大学(MIT)の「AIラボ」で所長を務めていたロドニー・ブルックス氏と、ブルックス氏の教え子で大学院生だったコリン・アングル氏、ヘレン・グレイナー氏の3人で立ち上げた。ブルックス氏は、ロボットの人工知能に生物学的なアプローチを持ち込んだ「Subsumption Architecture」(サブサンプション・アーキテクチャー、以下SA理論)を1986年に提唱し、その後のロボット開発に多大な影響を与えたロボット界の重鎮。そしてSA理論を実践・具現化するために設立されたのがiRobotだった。ちなみにiRobotという社名は、米国の著名SF作家、アイザック・アシモフの「われはロボット」(原題:I, Robot)にインスパイアされたものだ。
翌1991年には、同社初のロボット「Genghis」(ジンギス)が登場する。ジンギスは、当時NASA(アメリカ航空宇宙局)が進めていた火星探査計画における探査機(プロトタイプ)の1つ。昆虫をモチーフにした6本足が特長の自律歩行ロボットだ。実際に火星に行くことはなかったものの、その機動性と知的プログラムはその後のロボットの基礎になっている。
1996年には、磯に埋められている地雷を探査・除去するためのロボット「Ariel」(アリエル)、翌1997年には、米国防省国防高等研究計画庁(DARPA)から資金供与を受けて多目的作業用ロボット「Urbie」(アービー)を開発するなど、iRobotは設立から10年ほどは公的機関や企業からの委託研究を中心に事業を展開していた。しかし市販品のように大量販売する製品ではなく、大きな利益にはつながりにくい。コリン・アングルCEOは、次第に市販の製品を作りたいと思い始める。
ターニングポイントになった1997年
現在のiRobotを語る上で、1997年はエポックメイキングな年だといえる。例えば前述の「Urbie」(アービー)は、後年セキュリティ分野でiRobotの名前を世に知らしめた「PackBot」(2000年)のベースになったモデルだ。可動式のキャタピラを持ち、階段を昇降できた。そして多目的作業ロボットとして登場した「PackBot」は、2001年の米同時多発テロで被害を受けた世界貿易センタービルや福島第一原発事故の現場で活躍した。
一方、陸地の地雷を探査・除去するロボット「Fetch」(フェッチ)が登場したのも1997年だった。「Fetch」の画期的なところは、ルンバの人工知能のプロトタイプが採用されたこと。同じ場所を何度も行き来して床面を網羅するルンバの動きは、“見落とし”が許されない地雷探査のノウハウを活かしたものだ。
さらに同年、iRobotは家庭用洗剤などの大手メーカー、SC Johnson Wax(日本法人はジョンソン株式会社)と共同で業務用清掃ロボット 「NexGen Floor Care Solusion」(ネックスゲン・フロアケア・ソリューション)を開発している。このときiRobotは、ブラシの構造や集塵(じん)、吸引技術など床掃除に関する技術とノウハウを得た。そしてなにより、プロジェクトに関わった2人のデザインエンジニアが、「より手頃な家庭用掃除ロボットは作れないか?」と考えたことがルンバ開発の直接的なきっかけになる。
儲からなかった時期
大企業や公的機関の仕事を多く手がけてきたiRobotだが、実は懐事情はあまり良いとはいえなかった。昨年、明治大学で「起業」をテーマに講演を行ったコリン・アングルCEOは、iRobotが“儲からなかった時期”についても詳しく語っていた。
同氏によると、iRobotはこれまでに14もの新規事業を計画してはやめることを繰り返したという。これにはリテール市場向けの玩具ロボットも含まれていた。例えば水の中を動きまわる魚型ロボットや博物館の案内ロボット、大手玩具メーカーのハスブロと共同開発したリアルな赤ちゃん型ロボット「My Real Baby」(2000年)もあった。迷走しているようにも見えるが、当のCEOは決して悲観していなかった。
「14の事業を試してはやめた。それでも続けたのは、次の試みを実行するだけのお金はなんとか確保できていたから。そして“楽しかった”からだ」(アングル氏)。
金銭以外に得たものも多かった。例えば「My Real Baby」で得たB to C市場に関する知見は、後の家庭用ロボット販売に活かされる。またアングル氏自身は、「コスト(価格)より価値のあるロボットを作らなければならない」と強く意識するようになった。
そして2002年、人工知能を搭載した初の家庭用掃除ロボット「ルンバ」が米国で発売される。当初は機能的にもシンプルだったルンバだが、床の一部を重点的に掃除する「スポットモード」を搭載した「ルンバ プロ」(2003年)、「スケジュール」機能を追加した「ルンバ ディスカバリー」(2004年)など進化を続け、ヒット商品に成長する。昨年春にはブラシに代えて新開発の「AeroForceエクストラクター」を搭載した「ルンバ 800シリーズ」を発売。メンテナンスの手間を大幅に省くエポックメイキングな製品になった。
「ルンバ」のヒットを受け、iRobotは2005年に米NASDAQへ上場。ロボット専業メーカーとして初のIPO(株式公開)であり、調達した資金は海外に販路を広げる契機になった。日本ではIPO前の2004年にセールス・オンデマンドがルンバの取扱を開始し、2013年までに約100万台を販売。「ルンバ」以外の家庭用ロボットを含めた全世界の累計販売台数は1200万台に及ぶ(2014年末時点)。
失敗の末に辿り着いた場所
iRobotは、今年の6月で創業25周年を迎える。現在の社員数はおよそ500名だが、3人の創業者のうちロドニー・ブルックス氏とヘレン・グレイナー氏は既にiRobotを離れている。ブルックス氏は産業用ロボットを開発・製造するRethink Robotics(リ・シンク・ロボティクス)を設立し、2012年に単純労働に特化した双椀ロボット「バクスター」を発売して注目を集める。これまでロボットを導入できなかった中小規模の工場に合わせた価格と機能を持つ画期的なロボットだ。
一方のグレイナー氏は、2008年にドローンを開発するCyPhy Works(サイファイ・ワークス)を興し、軍需産業に深く食い込んでいる。サイファイ・ワークスのドローンは、姿勢制御や行動ナビゲーションシステムを搭載した高度なもので、戦場での偵察など人間には危険な任務をこなす。
明治大学の講堂で起業を目指す学生にアドバイスを求められたコリン・アングルCEOは、自らを投影しながら「成功した起業家も、最初のアイデアで成功したとは限らない。失敗の末、到達した場所で成功したんだ」と話した。
「新しい事業を始めるといっても完璧なプランはなくてもいい。良いアイデアと良いチームがあれば十分だ」(アングル氏)。
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