2015年5月19日火曜日

3Dプリンターの英才教育は必要なのか?

http://www.3dprinter-lab.jp/client/news/detail/2/120/

2015/05/153Dプリンターの英才教育は必要なのか?

『中国は40万の小学校に3Dプリンターを配備する計画』
i-MAKER.news

台湾のメーカーが中国にある40万の小学校に3Dプリンターを置くという計画を発表しました。これは中国政府がこれから2年をかけて行うプロジェクトに、23社8万人の社員を要する台湾のエレクトロニクスグループが参画しようとしていものです。当然、中国国内や他の国のメーカーもそんなおいしい計画に乗らない訳がないので、どうなるか分かりませんが、大きなプロジェクトになることは間違いありません。

未来を生きる子どもたちにとって、3Dプリンターは生活に欠かせないものになるでしょう。さらに、今の子どもたちが大人になったときの子どもたちは、3Dプリンターが当たり前のように存在する世界に生まれて来ることになるでしょう。それは、パソコンに繋がれて、3Dデータを送り込まれて造形物を作成するだけの現在の人間が想像するような3Dプリンターの姿とは違います。

毎日、毎食、違ったメニューでバランスの良い食事を提供してくれる3Dプリンターや、毎日、着て行くものをプリントしてくれるプリンターなど、姿を変えて存在しているはずです。それらは最早、3Dプリンターなどという名前で呼ばれるものではなく、日本語的に言えば「自動調理器」「自動着物製造機」と呼ばれ、一家に一台は当たり前に存在していることでしょう。

そういった未来を想像すると、子どもたちに3Dプリンターに早くから触れさせて、慣れ親しませることは良いように思われ、中国以外の国でも、国家規模で積極的に取り組みが行われています。


確かに、学校に3Dプリンターがあるということは

とても良いことです。無駄に思われるものでも、無いよりはあった方が絶対に良いです。例えば、日本の小学校の理科室には必ず人体模型が置かれています。授業でも殆ど使われず、理科室の隅で不気味に佇んでいて、掃除をしていたら目が動いた、とか、放課後、暗くなって理科室の前を歩いたら、笑いながら追いかけてきた、など、学校の幽霊話に花を添えてくれます。それでも人体模型を見たことにより、人間の体に興味を持ち医学の道を目指す子どももいるでしょうから、無いよりはあった方がいいでしょう。
3Dプリンターは間違いなく人体模型よりも利用価値があると思います。

ただ、小学校に国家規模で置くことが本当に必要なのか、ちょっと疑問です。というのは、今の大人たちにとって3Dプリンターは画期的なものですが、子どもたちにとっては今後「当たり前のこと」になってしまうからです。例えばインターネット。昔は調べ物をするには図書館へ行って何冊も本を読まなければなりませんでした。それを知っている大人たちにはインターネットで簡単に検索できるようになったことは画期的なことでした。

しかし便利なインターネットに繋げるのがパソコンという道具しかなく、それが複雑怪奇な代物であった為に使い方を苦労して学ばなければなりませんでした。子どもたちには早くから教育し慣れ親しんでもらおう、と考えてもおかしくはない状況でした。しかし、それが今やスマホで簡単に検索できる時代です。そしてこれからの子どもたちにとっては、スマホで簡単に検索できることは当たり前のことになります。パソコンでインターネットを繋ぎましょう、なんて授業でやるよりも先に、親のスマホを借りて検索をしたり、ゲームなどもして慣れ親しんでしまうでしょう。


このようにITに関する教育環境は

どんどん変わっていきます。3Dプリンターも同じで今は珍しく、興味を持ったれていますが、このまま低価格化が進めば、あっという間に家庭へ進出してしまうでしょう。さらに「自動調理器」のように目的を持った姿になってしまうと、3Dプリンターを使っているという感覚も感じなくなることでしょう。

3Dプリンターに触れ、慣れることは良いことです。しかし、我々、現代の大人は、造形物が自分の家で簡単にできることで感動しスゴイと喜ぶことができます。しかし、これからの子どもたちはそんなのは当たり前でおもしろくもなんともありません。造形物ができて楽しい! という感動や興味を味わえさせたければ、3Dプリンターの企業へ体験学習で行き楽しめば済むはずです。

テレビは現代の大人の最大の娯楽であり情報源でした。でも、小学校でテレビの視聴の仕方や、ましてや構造なんて教えてもらった記憶はありません。テレビを見るときは離れてみましょう、がせいぜいです。それでも、テレビは普通に視聴できるし、興味を持った人は高校、大学などで専門的な勉強を受けて、ブラウン管から液晶、データ放送やハイビジョンへとテレビを進化させて来ました。専門的な教育を受けていない人たちも、その後出てきたパソコンやスマホにだって対応し、それらの製品は無くてはならないものとして、今や生活の場に溶け込んでいます。

このように、興味があれば勉強するし、必要に迫れれば対応するのです。同じお金をかけるなら「小学校に3Dプリンターを置く」ことに拘るのではなく、子どもたちが3Dプリンターなどの新しいものに対し「どう付き合うかを考える力を養う教育」にお金をかけた方が良いのではないかと私は思えてなりません。

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